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​脚本全編大公開!

脚本:イトウワカナ

間口 まりこ(まぐち まりこ)

間口家母。今回の生前葬の発起人であり、葬儀される人。五一歳。いわゆるメシマズ。

 

間口 れな(まぐち れな)

間口家長女。二一歳、牛丼屋チェーン店アルバイト。趣味は根暗なりに盛りに盛った配信。

 

横溝屋 一真(よこみぞや かずま)

間口家長男。横溝屋家に婿に入って二年。友数の下で市政を学ぶが勘が鈍い。二十九歳。

 

横溝屋 智華子(よこみぞや ちかこ)

横溝屋家長女。一真の妻。六年間、某クッキングスタジオで学んだ料理の腕は相当。二十八歳。

 

横溝屋 友数(よこみぞや ともかず)

智華子の父。市議会議員に三期当選の地元では顔の利く存在。昭和の政治家が大好き。五十二歳。

 

二口 譲(ふたくち ゆずる)

まりこの弟。中小企業に勤める営業マン。ヨークシャテリアを二頭飼う愛犬家。四十三歳。

 

二口 麻衣(ふたくち まい)

譲の妻。大企業勤めながら出世欲はない趣味人。夢はハワイに住むこと。三十八歳。

 

佐野 希(さの のぞみ)

一真の幼馴染みにして親友。怪我でアクション俳優を諦め、実家の左官屋を継ぐべく修行中。

 

小森 雄太(こもり ゆうた)

れながアルバイトする牛丼店の店長。れなの猛アタックにより交際するも後悔。三十五歳。

 

角 美津子(すみ みつこ)

近隣でスナック・ミッツミツを営む三十六歳。まりこの友人であり、友数の四番目の愛人。

 

竹本 翔二郎(たけもと しょうじろう)

まりこの初恋の人。古着屋を兼ねたサーフショップを経営。最近カレーに手を出す。五十歳。

 

井嶋 肇(いじま はじめ)

まりこの十年来のインターネット友達と間違われた男。キッチン用具の訪問販売員、四十二歳。

 

野村(のむら)

友数の秘書兼運転手。公職選挙法違反が世界中で何より怖い。

駅から徒歩二十分、といった立地の間口家。

 

広めの居間の奥にはダイニングテーブルと椅子が四つ。

その奥に、台所が見える。

居間には低い長テーブルとソファ。

長テーブルの横には少し小さいテーブルが接続するように置かれており、その先端に座ると居間の隣の和室に座ってしまう、ぐらいの格好。

 

和室の奥には小ぶりの仏壇のような場所。

仏壇というには質素な作りのその場所は、明るい色で柄のついた布が敷かれ、その上に、写真立てが一つと仏花には似つかわしくない派手な花が置かれている。

 

居間には庭へ通じる大きなガラス戸があり、開け放たれている。

決して広くはない庭には小ぶりのテーブルとベンチ。

ベンチにはキラキラと光る風船がいくつか結んである。

そして、すべてのテーブルの上に、さまざまな大皿料理が並んでいる。

まるで、誕生日パーティか、結婚式か、といった様相。

 

晴天。

暗転。

 

明かりつくと、ネクタイ姿の一真といやにドレッシーな智華子が台所にいる。大きな紙袋から、次々とタッパーを取り出し、冷蔵庫の中に入れている。

 

一真   こんなに作ったの。

智華子  声、大きい。

一真   ごめん、

智華子  あれだけの量、無駄にはできないでしょ。

一真   智華ちゃんの腕を持ってしても、無理だと思うけどな。

智華子  そんなことはないの。ないはずなの。

 

一真、紙袋から醤油の瓶を取り出す。

 

一真   あ、これ、

智華子  あれ、違った?

一真   いや、これこれ、よく見つけたね。

智華子  お義母さんはそのお醤油使ってないのね、

一真   親父しか使ってなかったんだよ、

 

一真、チラと居間のテーブルの上の料理を見る。軽いため息。仏壇の前に座り、醤油の瓶を置く。

 

一真   何を考えてるんだか、さっぱりわからない。

 

智華子、一真の横へ。

             

一真   年とったってことかな。

智華子  まだ六十にもなってないのよ。

一真   (手を合わせ)知ってたら教えてください。

智華子  (手を合わせ)教えてください。

一真   母ちゃんがわかりません。

智華子  教えてください。

 

れな、奥からやってくる。二人の後ろに座り、

 

れな   (手を合わせ)誰も知らないと思います。

 

一真、智華子、振り返る。

 

一真   音を立てなさいよ。

れな   ママに聞けばいいのに。

一真   教えてくれないから、父ちゃんに聞いてるの。

れな   パパも知らないと思うよ。

智華子  れなちゃん、聞いた?

れな   やりたいから、しか言わない。

一真   だろ?

智華子  ほんとにそれだけなんじゃない?

れな   あと、

一真   何。

れな   パパのお葬式、嫌だったんだって。

一真   は?

智華子  嫌だったって、なに?

れな   わかんない。

一真   そんなこと、今さら言うなよ…

れな   何も考えてないと思うよ。

一真   こっちが考えちゃうんだよ。

 

と、バブリーでボディコンシャスな服を着たまりこ、奥からやってくる。

 

まりこ  何をコソコソ喋ってんの。

智華子  …お義母さん、

一真   なに、その服。

まりこ  ミッちゃんにもらったの。

智華子  ミッちゃん?

まりこ  あとで来るよ、ミッちゃん。

一真   来るの。

れな   そりゃ来るよ。

まりこ  いいでしょ、すてきでしょ。

智華子  すてきですよ、とってもすてきだけど、

一真   ミツ子さんの服って感じがすごい。

まりこ  今日は着たことない服着るって決めたんだもん。

れな   ママ、着替えよ。

まりこ  私のための会だもん。

一真   けどさ、

智華子  もっと主役感あってもいいですよ、お義母さん。

まりこ  主役感。

智華子  今の感じだと、なんていうか、

一真   場末感がすごい。

れな   スナックまりこ。

まりこ  脇役っぽい?

智華子  なかなかの脇役です。

まりこ  私、主役初めてなんだから、わかんないんだから。

一真   れな、選んでやりな。

まりこ  れなが選ぶと地味になりそうで嫌だ。

れな   はぁ?

智華子  じゃ、みんなで選びましょ、ね。(一真に)

一真   え、俺も?

 

ピンポーンとチャイムの音。

 

れな   誰か来ちゃった。

まりこ  はーい!勝手にあがっててー!

智華子  いいの?

まりこ  いいの、いいの。

一真   そういう人しか今日は来ない。

智華子  お義母さん、急いで着替えなきゃ。

れな   あれあったじゃん、あの、聖子ちゃんみたいな、

まりこ  あれはお色直しで着たいの。

一真   お色直しすんの⁉︎

れな   最初から飛ばしていかないと、こういうのは。

まりこ  そう?

 

まりこ、一真、智華子、れな、去る。

 

誰もいなくなった居間。  

 

もう一度、ピンポーンとチャイムの音。

 

しばしあって、庭の隅から大きなカバンを持った井嶋が中を伺うように現れる。

 

井嶋   こんにちは…ごめんくださーい…

 

庭へ入る。

 

井嶋   失礼いたします…わたくし、健康いちばん!ハートもっとほっとファミリーの井嶋と申します…お忙しいところ…あの…

 

返事はない。庭を通り、家の中を覗く。

 

井嶋   ごめんくださーい…こんにちはー…

 

庭のテーブルや風船を眺める。テーブルに近づき、その上に乗っている料理を見つめる。

 

井嶋   赤飯…?

 

と、井嶋の後ろに一升瓶を持った希が立っている。

 

希    こんにちは。

井嶋   わっ、

希    あ、まりこさんの。

井嶋   え、

希    今日はどうも、ええと、ようこそ。

井嶋   あの、

希    あれ?誰もいない?ちょっと待っててくださいね、

 

希、サンダルを脱ぎ、家へ入って行く。

 

井嶋   あの、ちょっと、

 

希    一真―。

井嶋   あの、

希    ああ、上がっててください。ちょっと見てきます。まりこさーん、れなー。あれ?

 

希、奥へ去る。

 

井嶋、キョロキョロと周りを見渡す。それから、庭のテーブルをまた見る。

 

井嶋   赤飯…と、なんだ?これ…

 

井嶋、その料理の匂いを嗅ぐ。      

 

と、ピンポーンと、家の中からチャイムが鳴る。井嶋、とっさに身を固める。

 

井嶋、家の中に向かって、

 

井嶋   あのう、すみませーん、

 

と、奥からミツ子が現れる。

 

ミツ子  まりちゃーん、来たよー

 

庭の井嶋と目が合う。

 

井嶋   どうも…

ミツ子  え!

井嶋   え?

ミツ子  ガーデンパーティー?

井嶋   ガ、ガーデン…?

ミツ子  やだ、オッシャレー!映え?これが映え?映えってやつ?

井嶋   あの、

ミツ子  ここんちの人、どこ行った?

井嶋   僕はちょっと、わかんないです。

ミツ子  え、親族の方?

井嶋   いえ、

ミツ子  あぶねー、親族だったら失礼すぎるよね、私。

井嶋   はぁ。

ミツ子  (テーブルを指差し)てか、それ、なに。

井嶋   …お赤飯と、なんか、ちょっとよくわかんない…煮物?みたいな、

ミツ子  え、痛むじゃん。

井嶋   ですよね。

ミツ子  その皿、中入れて。

井嶋   え?

 

希、奥から出てくる。

 

希    あ、

ミツ子  どうも。あれ?

希    あれ?あー、ええと、ミツ子ママ?

ミツ子  うちの店、来たことあるよね?

希    一真に連れられて、何回か、

ミツ子  あー、そうだそうだ、たまには顔出してよ。

希    また一真と行きます。

ミツ子  まりちゃんは?

希    ヘンな服着てたから着替えてるんですって。

ミツ子  ヘンな服、見たかったぁ。

希    ね〜。

ミツ子  (井嶋を指して)あの人、

希    (井嶋に)ああ、すいません、ほっぽらかしちゃって。

井嶋   いえ、

希    まりこさん、もうすぐ来ますから、

 

希は、仏壇の前に座り、一升瓶を置く。手を合わせる。

 

ミツ子  (井嶋に)ねぇ、

井嶋   はい?

ミツ子  皿、

井嶋   あ、はい…

 

井嶋、カバンを置き、皿を二つ手に取る。戸惑いつつも、靴を脱ぎ、上がる。希、手を合わせ終わり、振り返る。テーブルの上の料理を見渡して、

 

希    ああ!

井嶋   え⁉︎

 

希、庭に出てサンダルを履く。

 

希    (井嶋に)忘れ物、とってきます。

ミツ子  どこまで取りに行くの。

希    あ、ウチ、隣だから。

井嶋   …隣。

希    隣に左官屋あったでしょ、あれ。

ミツ子  職人だっけ。

希    まだぺーぺーですよ。出戻りだからね、俺。

ミツ子  出戻り?

希    アクションやってたんですけど、ケガしちゃって、

ミツ子  へえ!仮面ライダー的な?

希    まあ、そんな感じっすわ。

 

希、庭から出ていく。

 

井嶋   いろいろあるんですね。

 

ミツ子、仏壇の前に座り、バッグから瓶詰めを取り出し、置く。短く、手を合わせる。振り返る。

 

ミツ子  (井嶋に)何してんの。

井嶋   あ…このへん、置いていいですか。

ミツ子  いいんじゃない?

井嶋   はぁ、(皿を置く)

ミツ子  私さ、わかってないんだけど、今日って何するの?

井嶋   僕も、わかってないです。

ミツ子  だよねぇ。

井嶋   じゃあ、僕は、ここで…

ミツ子  え?帰るの?なんで?それはダメでしょ、

井嶋   いや、そういうわけには、

ミツ子  (大きい声で)まーりちゃーん!まーりーちゃーん!

井嶋   あの、大丈夫ですから、

(声)まりこ       ミッちゃーん?

ミツ子  帰るって言ってる人いるけど!

(声)まりこ       えー、引き止めてー、てか誰―?

ミツ子  知らなーい。

(声)まりこ       あぁ!

ミツ子  あんた、名前は?

井嶋   いえ、名乗るほどの者では、

ミツ子  私、ミツ子。角ミツ子。通称ミッちゃん。はい。

井嶋   はい?

ミツ子  私、名乗ったんだから、名乗りなよ。

井嶋   失礼します!

ミツ子  はあ⁉︎あんた、失礼じゃん!名乗れよ!

 

井嶋、踵を返す、と、れなが奥から駆け出てくる。

 

れな   ビューティフルさん!

井嶋   え?

れな   ビューティフルさんですよね⁉︎

ミツ子  ビューティフルさん?

井嶋   え、誰。

ミツ子  あんた、ビューティフルさんて言うの?

井嶋   いえ、あの、人違いです。

れな   ビューティフルさん、待って!

 

井嶋、靴を履き、カバンを持ち、庭から出て行こうとする。と、小森が庭へ入ってくる。

 

井嶋   わぁ!

小森   わぁ!すいません!

井嶋   いえ、僕こそすみません、すみません。

小森   いえ、すいません!すいません!

れな   こもたん!

ミツ子  こもたん?

小森   れなたん!

ミツ子  れなたん?

れな   こもたん、その人つかまえて!

小森   え!つかまえた。(井嶋をぎゅっと抱く)

井嶋   ウワァー(声になっていないような叫び)

小森   れなたん、この人に何されたの!

井嶋   何もしてません!離して!暑い!

れな   ビューティフルさんなの!

小森   ビューティフルさんて、なに?妖精?

れな   こもたん、そのまま、抱きしめていて。ママー!

 

れな、奥へ去る。

 

小森   ビューティフルさん?

井嶋   違います!

ミツ子  立ってたのよ、庭に。

小森   え、妖精?

ミツ子  うん、庭の妖精かもしれない。

井嶋   そんなわけないでしょ。

 

と、希がマヨネーズを持って立っている。

 

希    え?なに?

小森   あ、どうも、お邪魔してます、

希    ああ、れなの、

小森   シー!

希    え、秘密。

小森   お兄さんには言ってないから、

希    (小森をじっくり見て)へえ…

小森   何です?

希    ちょっと似てるね。

小森   誰に。

希    あれ、これさっきのひと?

井嶋   たすけてください…

小森   ビューティフルさんて言うんですって。

希    ビューティフルさん?え、なに、妖精?

ミツ子  やっぱり庭の妖精だ。

希    え、やだ、こわー!みんな、この人見えてます?

井嶋   助けて、あなたヒーローなんでしょ!

希    俺、やられるほう専門なんで。

井嶋   暑い、暑いです。

小森   僕も暑いです。

 

まりこ、れな、一真、智華子が奥から現れる。まりこは、真っ白の、往年のアイドルのようなフリフリした衣装を身につけている。

 

れな   ママ、早く、ほら、あそこ!

まりこ  え、どこ?

希    まりこさん、すげえ、アイドルみたい!

まりこ  でっしょー。

一真   褒めるな褒めるな。

ミツ子  どっから見ても主役だぁね。

智華子  ですよね、これぐらいしたほうがいいですよね。

ミツ子  あれ、あなた、

一真   妻です。

智華子  はじめまして。

ミツ子  ああ、どうも、はじめまして。

小森   もう離していいですか?

まりこ  え、どこにいるの?

れな   こもたんが抱きしめてる。

まりこ  待って、心の準備が。

井嶋   うううううう

小森   唸ってる!まりこさん、早く。

 

まりこ、サンダルを履き、井嶋へ歩み寄る。

 

まりこ  ああ、緊張する。

希    なんか音楽とかいる?

まりこ  お願いします!

希    こもたん、

小森   俺?…パパパパーン、パパパパーン、パッパパー、パー!(ファンファーレ調)

 

小森、井嶋から腕を離す。

 

まりこ  わぁ…

井嶋   涼しい…

まりこ  ビューティフルさん。

井嶋   え?

まりこ  ずっと、会いたかった!

 

まりこ、井嶋の手を握る。

 

希    (小声)握手会だ。

小森   (小声)アイドルと妖精の握手会だ。

まりこ  ありがとう。

井嶋   え、

まりこ  まさか、 本当に来てくれるなんて。どうしよう、すごく嬉しい。

井嶋   あの…

まりこ  今日は私の新たな門出なの。本当に、ありがとう。

井嶋   はぁ…

一真   新たな門出?

ミツ子  まりちゃん、ビューティフルさんて、

まりこ  まりちゃんの大事な友達。

ミツ子  ああ、アレか、

井嶋   アレ…?

れな   あの、ビューティフルさん、

井嶋   はい…ん⁉︎(返事をしてしまった自分に驚き)

れな   さっきはすいませんでした。びっくりさせちゃって。

井嶋   いえ…

れな   まりこの娘です。母がいつもお世話になってます。(お辞儀)

井嶋   …どうも。

ミツ子  れなもしっかりしちゃって。いくつになった?

れな   にじゅういち。

まりこ  ビューティフルさんと私が出会ったときは、れなはまだ小学生だったね。

一真   そんなに付き合い長いの?

まりこ  もう、十年以上になるよね、ビューティフルさん。

井嶋   あ、そう、かな、

智華子  でも今日が初めまして、なんですよね、不思議。

まりこ  ほんとに!ねぇ〜(井嶋に)

井嶋   ねえ〜(まりこに)

まりこ  でも、初めましてって感じ、全然しない!

井嶋   あ、そう、です?ははは(愛想笑い)

まりこ  (笑って)いや、ほんと嬉しいな。新たな門出にふさわしい気分だな!

井嶋   今日は、ほんとうに、おめでとうございます!

 

皆、その言葉に反応し、少し考えてしまう。

 

井嶋   え、

一真   おめでとうございますっていうのもな、

智華子  まぁ、そうねぇ、

井嶋   え、だって、

希    (まりこに)今日ってなんて言うのが正しいの?

まりこ  わかんない。考えてなかった。

ミツ子  新たな門出なら、おめでとうございますでもいいんじゃない?

一真   あのさ、新たな門出って、

 

家の中からピンポーン、とチャイム。

 

れな   まぁ、みんな派手なカッコしてるしね。

 

と、れな、家の中を通って、玄関へ。

 

智華子  (一真に)派手すぎた?

一真   智華ちゃんは、それぐらいがいいと思う。

智華子  そう?

小森   お祝いの雰囲気、ありますよね。

井嶋   ですよね⁉︎

一真   で、オタク、どなた?(小森に)

小森   あ…あのう…

ミツ子  こもたん。

希    こもたん。

井嶋   こもたん。

一真   こもたんは、何者。

小森   こもたんは、小森と、申しまして、

一真   妹とは、どういう?

小森   あのう、れなさんと同じ職場で働いておりまして。はい。牛丼屋。はい。

一真   こもたんは、おいくつで?

小森   こもたんは、ええ、と、さんじゅう…

一真   さんじゅう⁉︎

 

と、奥から、譲、麻衣、れなが出てくる。譲と麻衣は喪服姿。

 

れな   叔父さん、来た。

譲    いや、遅くなってしまって、

麻衣   えっ、

譲    えっ、

井嶋   喪服…

 

皆、井嶋を見てから、自分の服や人の服を見る。

 

麻衣   ほら、やっぱ喪服じゃなかった!

譲    いいんだよ、喪服で!

麻衣   ごめんなさい、この人、喪服着るって聞かなくて。

譲    生前葬だろ?いいんだよ。

井嶋   (ポツリと)生前葬。

一真   まだ死んでないし。

まりこ  めっちゃ元気だけど。

譲    姉ちゃん、だからって真っ白はないんじゃないの?

麻衣   あれよね、死装束ってやつでしょ?お義姉さん。

希    そういう視点。

譲    麻衣ちゃん、それはないでしょ、姉ちゃん元気なんだよ?

麻衣   あんた喪服着てるじゃないの。

譲    それは、ちゃんとしないといけないから。

麻衣   ちゃんとしすぎてもダメなことあるでしょ。

 

と、譲、テーブルの上の皿を見て、

 

譲    えっ、

麻衣   え?

譲    これは…すごい量のお料理ですけど…

麻衣   お義姉さんが全部作った…んじゃないよね?

まりこ  作った。

 

全員、まりこを見る。

 

まりこ  一昨日から仕込んでさ、大変だったよ。今朝なんて四時起き。

譲    ああ…そう…

麻衣   お義姉さん、頑張ったのねえ。

まりこ  智華ちゃんも手伝ってくれたよ。

譲    あ、そう!

智華子  盛り付け、を、少し…

譲    ああ、そう…

麻衣   お義兄さんに、手合わせてこようか。

譲    そうね、そうね!

 

と、譲、仏壇の前に座り、手を合わせる。麻衣、紙袋からポン酢とおぼしき瓶を取り出し、置く。手を合わせる。

 

麻衣   (小さい声で)どうする。

譲    (小さい声で)もうどうしようもないだろ。

 

まりこ  じゃ、始めるか。

一真   これで全員?

まりこ  もう一人、だけど来ないかもだし。

智華子  じゃあ、皆さん、お好きなところ、座っていただいて。

 

皆、思い思いの場所に座り、グラスや小皿を配ったり、和気藹々と。希、持っていたマヨネーズを仏壇に置く。井嶋、小森、動かない。

 

れな   こもたん、何してんの。

小森   れなたんのお兄さん、メッチャ怖いんだけど。

れな   たいしたことない奴だよ!大丈夫。

 

一真、大きなくしゃみをひとつ。

 

智華子  え、風邪?

一真   いや、急にムズっとした。

 

まりこ  ビューティフルさん!ほら!入って!座って!

譲    ビューティフルさん?

麻衣   え、どっちがビューティフル?

まりこ  ビューティフルさん!

 

井嶋、まりこに会釈。と、井嶋、突如走り出し、庭から出ていく。

 

れな   ビューティフルさん!

まりこ  え⁉︎ビューティフルさん!ちょっと!

譲    あれがビューティフルさん。

ミツ子  戻ってくるよ、カバン置きっぱなし。

れな   ほんとだ。

小森   …アレ?(カバンに近づいてしげしげと見る)

まりこ  気を悪くさせるようなことしちゃったかな。

希    俺、ちょっと見てくるわ。

一真   ごめんな、希。

希    いいって、

 

希、サンダルを履き、庭を出ていく。小森、庭にあった井嶋のカバンを居間に置く。

 

譲    ビューティフルさんは何。妖精?

まりこ  なんていうの?オンライン?の友達。

小森   あ、そうなんですね。

譲    え?オンラインて、なに?

麻衣   インターネット。

譲    はああ⁉︎えええ⁉︎

麻衣   やだ、この人、絶対いかがわしいこと考えてると思う。

れな   うわ、昭和。二十世紀くさ。

譲    違う!考えてないし!

 

希、戻ってくる。

 

まりこ  いた?

希    玄関の前にめっちゃ泣いてる人いる。

一真   はぁ?

希    すげー怖いんだけど。

れな   ビューティフルさんは?

希    泣いてる人いるから、通れないし、

れな   ピョイって飛んだりできんでしょ、

希    そういうの無理だから、

まりこ  あ、

 

まりこ、立ち上がり玄関へ。

 

智華子  お義母さん!

一真   母ちゃん、危ないって!

小森   僕、行きます。

れな   こもたん!

 

小森、玄関へ。

 

譲    こもたんて言うの、彼。

麻衣   ね、思った?

譲    似てるよね。

智華子  こもたん、かっこいいのね。

れな   そうでしょう。

一真   俺も見てこようかな、

 

(声)まりこ       翔ちゃん!やっぱり翔ちゃんだ!

(声)翔二郎       まりちゃん⁉︎なんで⁉︎生きてるぅ!

(声)まりこ       生きてるよぉ!

 

麻衣   お葬式だと思ったのかしら。

譲    まさか、そんなバカな奴いるか?

 

小森、戻ってくる。

 

小森   まりこさんの知り合いみたいなんですけど、れなたん、ティッシュどこ?

れな   あ、ここ、

小森   いや、俺じゃなくて、

 

まりこと、グズグズに泣いている翔二郎、居間へ入ってくる。と、庭の隅には井嶋がコソコソと戻ってきて、様子を伺っている。

 

小森   この人。

れな   めっちゃ泣いてる。

希    だろ。

翔二郎  良かった、生きてた。まりちゃん生きてた。

まりこ  もう、バカなんだから。

麻衣   そんな奴いた。

譲    いた。

翔二郎  だって、いきなり明日葬儀に来てなんて言われたら、そう思うでしょ。

まりこ  私が電話したんだよ。

翔二郎  俺、あの世から電話来たんじゃないかと思って、夜も眠れなくて。

智華子  あの世。

れな   どうぞ、

 

れな、ティッシュ箱を差し出す。

 

翔二郎  ありがとう…(ティッシュを抜き取り鼻をかむ)なんか、思い出がいろいろ蘇っちゃって…良かった、とにかく良かった。

まりこ  翔ちゃん、全然変わらないのね。

翔二郎  まりちゃんだって変わらない。可愛いまんまだよ。

まりこ  翔ちゃん。

麻衣   翔ちゃん、誰。

翔二郎  まりちゃん、ほんとに生きてる?

まりこ  生きてるよ。

翔二郎  確かめていい?

 

翔二郎、まりこを抱きしめる。

 

一真   ぬぐあ!

れな   おお?

翔二郎  うん、まりちゃん、生きてる。

まりこ  言ったでしょ、

翔二郎  ワンピース、似合ってる。

まりこ  翔ちゃん…

一真   ピピピー!はいっ、はいー!そこまで!ピピー!ピー!

 

一真、二人の間に割って入る。

 

希    息子、我慢できなかった。

れな   やるじゃん。

翔二郎  まりちゃんの息子?

一真   横溝屋一真と申します。

翔二郎  横溝屋?

まりこ  婿に行ったの、「みんながともだち」んとこにさ。

翔二郎  ああ、政治家。

一真   市議会議員でございます。

翔二郎  後継者ってやつ?

一真   今は、見習いですが。

翔二郎  一真くん、俺、この街も人も好きなんだ。いい街にしてくれよな。

 

翔二郎、握手を求める。

 

一真   先生に、伝えます。

翔二郎  つれないなぁ、応援するよ?

一真   …よろしくお願いします。

 

一真、握手を返す。翔二郎につられていい笑顔になってしまう。

 

庭の隅に、スーツ姿の野村が、コソコソと現れる。驚く井嶋。野村も驚くが、お互い何かを察する。

 

翔二郎  やっと笑ってくれた。

一真   お互い様じゃないですか。

翔二郎  一真くんはいつも笑ってたほうがいいよ。

一真   そうですか?へへ。

希    チョロいな。

れな   チョロすぎるな。

翔二郎  まりちゃんに愛された者同士、笑っていこうぜ。

一真   まりちゃんに愛された者同士?

まりこ  やだ、もう。

一真   あのう、どちら様ですか。

れな   ママの初恋の人、だよね。

一真   え!

まりこ  やだ、もう。

翔二郎   娘さん?いやぁ、お会いできて光栄。

れな   はあ、どうも。

譲    翔二郎くん!お久しぶりです!譲です!

翔二郎  ああ!弟だっけ?兄貴だっけ?

譲    弟です!

翔二郎  久しぶり、え、喪服?

譲    あ、いやこれは…

翔二郎  待って、数珠してない?

れな   わ、ほんとだ。

麻衣   数珠はやめてって言ったじゃない!

譲    こういうことは、ちゃんとしないと。

翔二郎  え、どういうこと。

譲    いや、だって、葬式だから、

翔二郎  葬式ィ⁉︎

一真   いや、違う違う、

翔二郎  え、俺が抱きしめたまりちゃんは?

まりこ  生きてる。今、喋ってる。

翔二郎  え?どういうこと。

譲    え、なに、怖い。

希    みんな、見えてる?

一真   問題ない、見えてる。

翔二郎  まりちゃん、そういうこと?

まりこ  どういうこと?

翔二郎  それで、俺に最後の電話をくれたのか。

譲    最後の電話?

翔二郎  (まりこの肩を掴み)これでお別れなのか…?

まりこ  え?

希    お別れ?

翔二郎  病気、なんだろ?

譲    ええ!

麻衣   お義姉さん!

希    まりこさん、病気⁉︎

翔二郎  そうなんだろ、だから、こんな、お別れの会を開いて、

譲    お別れの会⁉︎

一真   母ちゃん、そうなの?

智華子  お義母さん、

譲    なんで言ってくれないの!

まりこ  いや、ちょっと待って、

翔二郎  まりちゃん、話して、

小森   嘘でしょ、まりこさん。

ミツ子  まりちゃん、なんで言ってくれなかったの。

まりこ  ミッちゃん、違うよ。

翔二郎  あれ?ミツ子ママ。

ミツ子  翔ちゃん、たまには顔出してよ。

翔二郎  ごめんね、ご無沙汰で。

ミツ子  まりちゃん、正直に言って。

智華子  お義母さん、

譲    姉さん、

麻衣   お義姉さん、

一真   母ちゃん、

希    まりこさん、

小森   まりこさん、

翔二郎  まりちゃん、

まりこ  …あのねえ、違いまーす。病気じゃありませーん。元気でーす。

一真   じゃあ、今日は何。

まりこ  やりたかったから。

一真   それだけ?

まりこ  みんなでごはん食べたかったの!

一真   はあ?

れな   パパのこと、

まりこ  なに?

れな   ううん、

翔二郎  まりちゃんは元気なの?俺の思い過ごしなの?

まりこ  翔ちゃんが煽るからみんな心配しちゃったじゃないの。

翔二郎  信じていいの。

まりこ  信じて、私を信じて。

翔二郎  まりちゃん!

 

翔二郎、まりこを抱きしめる。

 

一真   ピー!ピピー!ピピピー!

 

去ろうとした野村、ふとした拍子に声を出してしまう。皆、庭を見る。焦る井嶋。

 

希    え、何。

井嶋    (小声)シー!

れな   ビューティフルさん⁉︎

野村   ビュ⁉︎ビュ〜?

井嶋   (小声)シー!シー!

 

野村、井嶋を押しのけて、急いで去る。転がる井嶋。まりこ、庭に出る。

 

まりこ  ビューティフルさん!

翔二郎  何?妖精?

井嶋   なんか、今、人が…

希    ビューティフルさん、探したよ!

井嶋   あの、ちょっと電話が?きたりして?カバン、置きっぱなしだったから、えっと…

小森   カバン、中、入れておきました。

井嶋   あ…

まりこ  ビューティフルさん、入って。

井嶋   はい…

 

まりこ、井嶋、靴を脱いで居間に上がる。

譲    翔二郎くん、今は何してるの。

翔二郎  国道沿いのサーフショップわかる?あそこ、やってんの。

麻衣   え!私、行ったことあります!

翔二郎  ほんと?え、サーフィン、やるの?

麻衣   私はまだ全然〜。憧れてるだけなんです〜。

翔二郎  じゃあ今度行こうよ、教えることもできるしさ。

麻衣   え、嬉しい!

譲    麻衣ちゃん、

小森   (井嶋に小声で)逃がしませんよ。

井嶋   え?

まりこ  皆さん、揃いましたね。

智華子  はい。

希    えー、まりこさんより、開式のご挨拶です。

まりこ  えーと、皆さん。今日は私、間口まりこの生前葬にお越しいただきまして誠にありがとうございます。

 

希、大きな拍手。皆、希を見る。

 

希    あれ?

ミツ子  いいんじゃない?拍手で。

 

ミツ子、希、拍手。皆、パラパラと拍手。

 

まりこ  あの、私は元気です、何も心配することはありませんから、今日は楽しく過ごしてください。で、さっき、今日はなんて言えばいいかって話になったんだけど、

譲    そうなの?

まりこ  おめでとうございますっていうのもねって話になって。

譲    はあ?おめでとうございますだぁ?

井嶋   すいません…

まりこ   で、ちょっと考えました。では、皆さん、心を込めてご唱和ください。まりこちゃん、長い間、ありがとう。

 

数名、声を出すが、「まりこちゃん」から言う者、「ありがとう」だけ言う者、声が小さい者、と揃わない。

 

まりこ  なんで揃わないの!

れな   どこ言えばいいのかわかんなかった。

希    まりこちゃん、からでしょ。

ミツ子  ありがとう、だけでしょ。

一真   まず、その感謝されたいっていう心が恥ずかしい。

まりこ  あんたが一番感謝しなさいよ!

一真   してるしてる。

まりこ  ちっとも心、込もってないじゃない!

一真   込めた込めた。

智華子  お義母さん、どこからご唱和すれば…

まりこ  まりこちゃん、から!

ミツ子  まりこちゃんの次なんだった?

翔二郎  てか、まりちゃん、のほうがいいんじゃない?

希    よし、練習しよう!で、なんて言うんだっけ?

まりこ  まりこちゃん、長い間、ありがとう。

希    はい、憶えましたね、皆さん。ここはひとつ、元気に、心をこめて、声出していきましょう!じゃあ、練習です、せーの、

井嶋   (フライング気味に)まりこちゃん、

 

と、井嶋、自分だけが声を出していることに気づいて引っ込める。

 

まりこ  なんでやめちゃうんですか、ビューティフルさん!

井嶋   皆さんひとつも声出してなかったから…

翔二郎  ビューティフルが早いのよ。

智華子  呼び捨て!

まりこ  ほら、みんな、声だしてこ!ありがとうの気持ち、あらわしてこ!

一真   母さん、俺はとても恥ずかしい。

まりこ  感謝を伝えるのに恥ずかしいことなんてない!

一真   あのさ、こんなの突然やって揃わなくて当たり前なの。そこを揃わせる…揃わさせる…揃わさる、揃わ、そろ…

れな   兄ちゃん、バグってる。

一真   だから、揃えるための技術?技量?なに?

希    なに?

小森   ワザ?

一真   ワザが必要なのよ、なに?コールアンド、なに?

小森   レスポンス。

麻衣   ああ!コールアンドレスポンス。

一真   そう、

麻衣   アリーナ〜!

譲    麻衣ちゃん、

麻衣   え、違う?

小森   あれじゃないですか、小学校の卒業式みたいな、

麻衣   ああ、あれか!

翔二郎  え、どれ?

小森   たのしかった、運動会、

譲・一真以外       運動会。

 

おお、と、どよめく一同。

 

翔二郎  これか!

一真   それ?

小森   まりこちゃん、長い間、ありがとう、

譲以外全員   ありがとう。

 

おお、と、どよめく一同。

 

小森   ほら、

麻衣   すごーい!なんで合うの?

小森   僕の技量ですね。

一真   誰がやっても合う。

小森   そう?

一真   そういうふうにできてんの!

希    じゃ、みなさんもう一度練習。元気に、声出していきましょう!

譲    おい。

希    はい。

譲    元気ってなんだ。

希    元気、というのは、

譲    あのな、俺の姉さんの葬式なんだぞ。

麻衣   だから、生前葬。

譲    でも、葬式だろう。

一真   叔父さん、あのさぁ、

譲    言わせてもらうけど!冠婚葬祭ってのは、親族の気持ちが大事でしょ? 俺はちゃんとやりたいの!

まりこ  それが嫌だから今やってるんでしょ。

譲    一言くらいさ、相談してくれてもいいんじゃないの?

まりこ  何を。

譲    あるでしょ、なんかあるでしょ。

希    まりこさんがしたいことをする会なんですよ。

譲    なんだそれは!おたのしみ会か!

麻衣   おたのしみ会なつかし〜。

翔二郎  喪服なんて着てるからそんな気持ちになっちゃうのよ。

れな   着替える?

譲    そう言う問題じゃないの。

希     譲叔父さん、ここは心を込めて言いましょうよ。まりこちゃん長い間、

譲     (遮って)言わない!

まりこ  じゃあ、いつ言ってくれるの。

譲    その時が来たら、言うよ。

まりこ  その時って、いつ。

譲    本当に言うべき時が、いつか、くるだろ、

まりこ  そんなのあんたの自己満足だからね、

譲    はあ?

まりこ  どうせ、 私がもうすぐ死ぬってときに言おうと思ってんでしょ。

譲    縁起でもないこと言うなよ、

まりこ  私がもうすぐ死にそうになってる、必死に頑張ってる時にな、こっちの都合も考えないで、情感たっぷりに感謝の言葉なんて言ってみな、呪ってやるからな!

譲    やめてよ!

れな   気をつけよう。

智華子  呪われる。

まりこ  だから、私が元気な今がその時。

譲    今じゃない!

まりこ  じゃあ、私が死んでから言うつもりか。死んでから言うのは言わなかったと同じだからな、いいのか?1.5倍増量で呪ってやるからな!

譲    呪わないで!

ミツ子  呪われたくないなら言えば?

麻衣   何回言ったって減るもんじゃないんだから、

まりこ  相手が元気なときにしっかり届ける、これが大事なわけよ。

翔二郎  譲、想像するんだ、あんなこと、こんなこと、あったろ、

譲    あった…

まりこ  はい、どうぞ、

譲    …ま、まりこちゃん、長い間、ありが…ヒン!(声を詰まらせる)

まりこ  えっ、

希    えっ、

麻衣   あらぁ、

譲    だからイヤだったんだ…

翔二郎  譲、お前…(目頭が熱い)

一真   うん、伝わった。

智華子  心込もってたね。

小森   (目頭が熱くなり)れなたん、ティッシュ…

れな   はい。(ティッシュ箱を差し出す)

ミツ子  いい弟ね、まりちゃん。

まりこ  気持ちよくなってるだけじゃない?

譲    俺の心、全然伝わってない!

小森   いえ、きょうだいの歴史のようなものが、こう、手に取るように、(目を拭う)

翔二郎  わかる。

希    ええ?

小森   いい話でした、

翔二郎  譲の言葉につられて、俺の中のまりちゃんも、走馬灯のように駆け巡ってる…(目頭が熱い)

れな   はい。(ティッシュ箱を差し出す)

翔二郎  (ティッシュを引き抜きながら)俺、まりちゃんとの忘れられない思い出があってさ、

ミツ子  若い頃の話?

まりこ  やだぁ、

翔二郎  むかーしさ、まりちゃんがさ、弁当作ってくれたんだよ。

譲    えっ、

 

井嶋以外、急に真剣な表情。

 

翔二郎  卵焼き、キレーに巻いてあってさ、俺、感動しちゃって、

希    それで、

翔二郎  食べたらさ、味がしないんだよ、

智華子  へえ…

翔二郎  食べても食べても味しなくてさ、虚無なんだよ、虚無。

小森   虚無。

翔二郎  まりちゃんにそれとなく伝えても、そーお?なんて言ってニコニコしてんだ、

一真   へえ…

翔二郎  あれ、また食べたいなぁ。

 

井嶋以外、翔二郎を鋭く見る。

 

翔二郎  俺の知ってるまりちゃんはさ、卵焼きに味がないまりちゃんなんだよ。かわいいだろ?

譲    かわいい?

麻衣   かわいい?

まりこ  懐かしいね。

翔二郎  一真くん、まりちゃんの卵焼きはうまいんだろ?

一真   えっ、

 

皆、目線が泳ぐ。

 

翔二郎  どっち?あまいやつ?しょっぱいやつ?

一真   いやぁ、僕は、しばらく食べてないからな、れな、

れな   ど、う、だったけな、希、

希    俺、隣のウチの子だから。

れな   しょっちゅうウチでごはん食べてたくせに、

希    うん?甘かったんじゃないかな?

翔二郎  ああ、いいね、甘いの、うまそうだなぁ。

一真   いや、ほんとに、そんなことないです。

翔二郎  え?

一真   え?

 

皆、一真を見ている。

 

一真   ええ?

井嶋   おいしくないんですか?

一真   …おいしくないとは、わたくしは、申し上げてはございません。

翔二郎  すっかり政治家だな。

井嶋   その言い方だと、おいしくないということになりますけど、

一真   しかしながら!母は、長年に渡り、わたくしども家族の食事を作ってきたという歴史がございまして、

翔二郎  ございまして?

一真   ございまして、ござい、ございますが、

ミツ子  ございますが、おいしくないんだな、これが。

智華子  ミツ子さん、

ミツ子  一真くん、

一真   はい、

ミツ子  嘘ついちゃだめよ、政治家なんて、特に。

一真   え、

ミツ子  まりちゃんは、わかってるよ。

一真   え?

ミツ子  私、あるの。まりちゃんのごはんに、味ねえなって、言ったことあるの。

智華子  え…

ミツ子  だから、知ってるよ。ね、まりちゃん。

まりこ  ミッちゃん、なんで言っちゃうの。

ミツ子  未来ある政治家に嘘つかせちゃダメよ。

一真   母ちゃん?

まりこ  みんな言わないけどさ。知ってるよ。味薄いとか、味ないとか。

一真   俺、言ったことないよね?

まりこ  ないよ。誰も言わない。言ってくれたのは、翔ちゃんと、ミッちゃんだけ。

一真   え。

まりこ  おいしくないってさ、誰も言ってくれない。

れな   ママ、それは違うよ、

まりこ  私がお母さんだからさ、誰もおいしくないって言ってくれない。おいしくないのに、おいしいフリしてさ、それで私が喜ぶと思ってるんだよ。

れな   ママ、違う、

譲    姉さんは何がしたいんだよ。

麻衣   譲くん、

譲    生前葬とか言って、人集めて、料理振る舞って、おいしくないって言って欲しいって、嫌がらせするために呼んだのか?なんだ、復讐か?馬鹿馬鹿しい。

まりこ  馬鹿馬鹿しいか。

譲    馬鹿馬鹿しいだろ!ああ、まずいよ、姉ちゃんのメシはまずい!すげえまずい!

翔二郎  それは言い過ぎだろ、譲!

譲    ええ?

ミツ子  味しないだけで、まずいわけじゃない。

麻衣   そうね、まずいわけじゃない。

譲    裏切り者!

井嶋   あのう、

 

皆、井嶋を見る。

 

井嶋   お料理、いただいてもよろしいですか?僕は、ほら、食べたことないから。

麻衣   ビューティフルさん、いいの?

譲    無理しなくても、

翔二郎  食べてみてよ、ビューティフル。

井嶋   呼び捨て…。

ミツ子  今日は美味しいかもしれないしね。

智華子  そう、そうですよね!

まりこ  …どうぞ。

 

井嶋、目の前にある料理を小皿に取り、

 

井嶋   いただきます。

 

井嶋、口に運ぶ。ゆっくりと咀嚼。皆、井嶋を見ている。

 

翔二郎  どう?

 

井嶋、微妙な顔。

 

井嶋   んー…

智華子  どうですか?

 

井嶋、箸を置く。

 

井嶋   ちょっと、お水…

小森   お茶ですけど、(コップを渡す)

 

井嶋、お茶を飲む。

 

ミツ子  どう?

希    どう?

れな   ビューティフルさん、

一真   ビューティフルさん、

井嶋   コメントいりますか。

翔二郎  虚無だろ、虚無の味するだろ。

譲    言い方!

井嶋   失礼ですが、まりこさんは、美味しいものを目指して作ってるんですよね?

まりこ  …一応、

井嶋   料理が苦手、という意識は、

まりこ  ないことはないです。

井嶋   しかし、まりこさんは料理初心者というわけではないですし、少しの変化でグググっとおいしくなると思うんです。

まりこ  たとえば?

井嶋   たとえば、煮る時間をもう少し長くするだけで、味がグッと鮮明になることだってあります。

まりこ  なるほど。

麻衣   なるほど!

井嶋   まりこさんはせっかちなほうですね?

まりこ  わかります?

井嶋   せっかちさんは、じっくりコトコトっていうのがね、やっぱりね、

まりこ  得意じゃないですねえ。

麻衣   ですねぇ。

井嶋   ですが!それが得意になっちゃう、あなたにピッタリの、ググっと料理がおいしくなる魔法の圧力鍋があるんです!

まりこ  え!

麻衣   すごい!

井嶋   その名も、

翔二郎  ビューティフル、

井嶋   はい、

翔二郎  ずいぶん圧力鍋に詳しいんだな。

井嶋   お力になれるかと思いまして。いいものは広めていきたい、という、人の心です!

麻衣   ビューティフルさん、もうちょっと聞かせてもらっていい?

譲    麻衣ちゃん?

井嶋   もちろんです!

麻衣   良さそうだよねぇ、お義姉さん。

まりこ  私のためにあるのかなっていう感じ、してた。

麻衣   やだ!私もそう思ってた!

まりこ  だよね、だよね。

譲    ちょっと待って、圧力鍋だよ?

井嶋   なんですが、従来の圧力鍋に比べて小さい!さらに注目していただきたいのが、内側!圧力鍋の内側がですね、

小森   特殊なコーティング加工により、ぐぐぐっとうまみをとじこめるんですね。

井嶋   そうなんです。

小森   そして、短時間調理による光熱費の節約!

井嶋   そうなんです。

小森   そして今なら、キッチンツール5点セットがついてくるんですね?

井嶋   そうなんです、え?

れな   こもたん?

小森   さらにさらに、本日ご成約の方には、お玉5点セットをプレゼントですね?

麻衣   お玉?

まりこ  キッチンツールのほかに?

麻衣   5点も?

小森   ビューティフルさんのカバンに、お玉5点セットが、 

井嶋   開けたんですか⁉︎

小森   柄の部分が飛び出てました。

井嶋   ええ?

小森   そのお玉を見て、ありありと思い出しました。まりこさん、この圧力鍋のお値段、

まりこ  お値段?

小森   二十九万八千円です。

翔二郎  はあ⁉︎

ミツ子  たっか!

小森   さらに、もう一台お買い上げいただくと、キッチンツール10点セットがついて、ババン!お値段、四十九万八千円です。

まりこ  お買い得、

翔二郎  まりちゃん!

まりこ  だって特殊コーティングなんだよ?

小森   まりこさん、数日後に届くのは、特殊コーティングなんてされていない、数千円の圧力鍋なんですよ。

 

皆、井嶋を見る。

 

麻衣   詐欺?

まりこ  詐欺⁉︎

一真   詐欺だ!

希    詐欺だぞ!

小森   というより、悪徳業者ですね。

麻衣   悪徳業者?

まりこ  悪徳業者⁉︎

一真   悪徳業者だ!

希    悪徳業者だぞ!

麻衣   ケーサツ?ケーサツに電話?

井嶋   ちょっと待って!まだ売ってない!

翔二郎  こもたん、圧力鍋詳しいな。

小森   恥ずかしながら、昔、コレ売ってたんです。

れな   え!

小森   僕は全然向いてなくて、一台も売れませんでしたけど。

麻衣   私、買ってあげたのに。

譲    麻衣ちゃん!

小森   (井嶋に)あなたも向いてないと僕は思うけど。

井嶋   …

まりこ  ビューティフルさん、

井嶋   …

まりこ  困ってるなら言ってくれたら良かったのに。

井嶋   あのですね…

まりこ  圧力鍋、 一台ください。

井嶋   え?

譲    おい!

れな   ママ!

小森   まりこさん、話聞いてました?

まりこ  一台でも売れたら、何か違うでしょ?よっぽど困ってるんだよ、ビューティフルさん。

麻衣   私も一緒に買おうか?

譲    ダメ!絶対ダメ!

まりこ  私は、ビューティフルさんに恩返しがしたいの。

一真   ほかのやり方にして、圧力鍋はやめて。

翔二郎  まりちゃん、俺がふつうの圧力鍋、買ってやるからさ、

まりこ  私はビューティフルさんから買いたいの。

翔二郎  こういうのは絶対買っちゃいけないって習ったろ?

まりこ  圧力鍋買ったら、私のごはんもきっとおいしくなるよ、

希    それはそうだけど、

智華子  圧力鍋はいりません!

 

皆、智華子を見る。

 

一真   智華ちゃん?

智華子  いりません。お義母さんに圧力鍋は必要ありません。

譲    そうだ、そうだ!

智華子  圧力鍋があっても、お義母さんのお料理のクオリティは変わりません。美味しくなることはほぼありません。

一真   え?

智華子  お義母さんは、わざとこの味にしてます。

れな   え?

一真   どういうこと?

希    わざと?

智華子  お義母さん、わざと美味しくないものを作るということが、料理人にとってどういうことかわかりますか。

まりこ  …料理人?

智華子  そこは拾わなくていいんです。

麻衣   智華ちゃん、料理人になったの?

智華子  料理する者、みんな料理人の端くれと言いますか、

一真   智華ちゃん、ずっと料理を習ってるから、ね、

れな   ああ、あの、ガラス張りのクッキングスタジオ、

麻衣   ああ、あれ…

まりこ  どれ?

麻衣   あれ、ほら、あの、丸見えの、

小森   ああ…

智華子  気取って料理してるあそこねって思ってるでしょ。自意識丸出しのあそこねって思ってるでしょ。

麻衣   いや、そんなことは、

小森   思った、

希    ちょっと思った。

智華子  あの場所で学んだことは、いつでも手元を見られる緊張感です。料理の先にはいつだって人がいるという、当たり前のことを叩き込まれたのです!

希    (思わず拍手)

麻衣   智華子ちゃん、まばゆい。

小森   そんな深淵に行き着くことができるのか。

智華子  美味しさを引き出し、笑顔を引き出す。これが、料理をつくることの喜びだと私は信じています。

麻衣   まばゆい。

翔二郎  まっすぐなお嬢さんだな。

小森   料理人の端くれなんて、とんでもない、

翔二郎  生粋の料理人だ。

智華子  お義母さんに必要なのは圧力鍋ではありません。料理人としての意識です。

まりこ  え?

 

智華子、まりこの手を取り、

 

智華子  一緒に、お料理習いましょう。

一真   智華ちゃん!

智華子  技術は裏切りません。絶対においしくなります。おいしさの先を、一緒に見に行きましょう。

翔二郎  おいしさの先、

小森   見たい。

希    見たい。

智華子  意識、改革しましょう。みんなの笑顔、見ましょうよ。

まりこ  みんなの笑顔、見てるよ?

智華子  もっと素敵な笑顔が見れるんですよ!

麻衣   智華子ちゃんはお料理好きなのね、

智華子  好きです。美味しいものを作るのも、笑顔溢れる食卓も大好きです。

麻衣   じゃあ、お義姉さんには無理だよ、ねえ?

譲    麻衣ちゃん、

麻衣   お義姉さん、料理するの、好き?

智華子  え、

麻衣   好きじゃないことやるの辛くない?好きならいいけど、

まりこ  考えたことなかった。

麻衣   ほらあ、圧力鍋のほうがいいって、

譲    圧力鍋はダメ、

麻衣   せっかくなんだから好きなことやったらいいのよ。もったいないって、

智華子  でも、みんなの笑顔が見れるんですよ?

麻衣   れなちゃん、最近、家でごはん食べてる?

れな   え、あんまり…

麻衣   ほら。

小森   と、言いますと、

麻衣   ウチもさ、譲くんと時間合わなくてひとりでご飯食べることなんてしょっちゅうあるけど、私、別に料理好きじゃないから適当に済ましちゃうし。

ミツ子  それはとてもわかる。

麻衣   智華子ちゃんはさ、お料理も好きだし、どんどん美味しいもの作って、どんどん食べてもらえばいいと思うよ。けど、なんていうの?れなちゃんだって大人なんだし、

れな   私?

麻衣   悪いとかじゃなくて、そういうもんじゃない?時間合わなくなったりしてさ、一緒にご飯できなくなることなんて当たり前でしょ。

智華子  それは、そうだと思います。

麻衣   だから、お義姉さんはさ、もう自分だけが美味しかったらいいんじゃない?え、違う?私、変なこと言ってる?

まりこ  言ってない、

麻衣   だから、好きなことしたらいいんじゃない?ひょっとしたら、もう決めてるのかもしれないけどさ、

譲    え、そうなの?

麻衣   だから生前葬なんじゃないの?第二の人生、的な、

一真   そうなの?

まりこ  いやぁ、うん、まぁ、

麻衣   ほらぁ、だからさ、私、お義姉さんに必要なのは、圧力鍋だと思うんだよね、

譲    なんでそうなるの、

麻衣   やりたいことやるためでしょ。どうでもいいこと時短してかないと、時間もったいないじゃない。

井嶋   そうですよね、

麻衣   ねえ!そう思いますよね!

譲    だからってこの圧力鍋はダメ、

と、ピンポーンとチャイム。と同時に玄関から、

 

(声)友数          ごめんください!

一真   え?

 

と、フルーツが盛られたバスケットを持って、野村が庭に入ってくる。

 

野村   先生!こっちです!先生!

(声)友数          え!野村くん!どこ!

野村   こっちです!庭です!

一真   野村さん、

井嶋   (野村に)あっ、

野村   あっ!あんた、

井嶋   この人、さっき、

 

友数、庭から走り込んでくる、

 

友数   まりこさん!

智華子  パパ⁉︎

一真   先生⁉︎

 

ミツ子、スッと物陰に隠れる。野村、バスケットをそっと地面に置く。

 

友数   智華子、一真くん、どうして言ってくれないの!

一真   何を、です、

小森   (小声)みんながともだちだ。

希    (小声)みんながともだちだ。

翔二郎  (小声)あれがみんながともだち。

麻衣   (小声)あれがみんながともだち。

譲    (小声)あれがみんながともだち。

井嶋   (小声)みんながともだちっていうのは、

友数   あ、ご存知ありませんか、

井嶋   すみません、

友数   いえ、私のほうこそ、突然お邪魔してしまって、改めまして、みんながともだち・横溝屋友数でございます、いつも応援ありがとうございます。

小森   (小声)してない。

翔二郎  (小声)してない。

麻衣   (小声)してないし。

野村   みんながともだち、というのは先生のキャッチフレーズでございます。

友数   僕、名前がともかず、って言うんですね。

野村   友の数、すなわち、フレンドの数、と書きます。

友数   昔から、ともだち百人できるかな、なんて申しますが、僕はね、けっして、フレンドの数で勝負しようとか、フレンドが多いほうがえらいなんて微塵も思っちゃいないんですね。友というのはみんな等しく大事ですからね。

野村   ですが、先生のお名前はまるで、俺は友達が多いんだぞ、と言っているかのような、ほのかに嫌らしい名前でして。

友数   野村くん、正直だねぇ。

野村   はい、嘘だけはつくなと、日々先生から教えていただいております。

友数   それはいいことだね。野村くん、

野村   はい、

 

野村、ポストカードを配り出す。

 

野村   どうぞ、先生の活動がわかるようになっております。ご覧ください、どうぞ。ご安心ください、こちら、公職選挙法にはあたりません。どうぞ。

 

野村、配り終えると、

 

野村   ああ!こんなところにまるでお見舞いのようなフルーツ詰め合わせが落ちている!

翔二郎  あんたがそこに置いたんだろ、

野村   いえ、私は何も知りません、これは落ちていたんです。

翔二郎  はあ?

野村   (囁くように)公職選挙法、

翔二郎  ええ?

野村   (囁くように)公職選挙法、

一真   ではこちらのバスケットは落とし物として私がしっかり処理させていただきます。

友数   うん、そうしてね、

野村   では、わたくし野村、ここで失礼致します。

友数   うん、あとでね。

野村   皆様、今後とも、みんながともだち・横溝屋友数、応援よろしくお願い致します!

友数   うん、ありがとう。

野村   まりこさん、

まりこ  はい?

野村   ファイト!

まりこ  ファイト?

 

野村、去る。一真、バスケットを取り、

 

一真   先生、これは、

友数   どうして教えてくれなかったの、一真くん、

一真   あのう、

智華子  パパ、

友数   まりこさん、ご無沙汰しております。

まりこ  お久しぶりです、お元気そうで、

 

友数、まりこの手を握り、

 

友数   今後のことは決まっているんですか?

まりこ  …え?

友数   方針とか、いろいろ整理も必要になりますでしょう?

まりこ  ええと、あの、

友数   一真くんのことは、任せてください。まりこさんは、ご自分のことだけを考えて、ね、

まりこ  あの、

友数   大丈夫、明るい未来が待っています!必ず!

まりこ  そうでしょうか、

友数   そうです、僕らの年代、諦めるにはまだ早いんです。なんだってできる!

まりこ  そう、そうですよね、

友数   僕で力になれることがあればなんでも言ってください。必ず、まりこさんの力になりますから、

まりこ  ありがとうございます、

友数   いつ頃から?

まりこ  まだちゃんとは決めてないんですけど、来年の今頃には、

友数    来年⁉︎それはいけません、急がないと、

まりこ  そうですか?

友数   こういうことは、何を差し置いてもやらないと、

まりこ  じゃ、ちょっとがんばっちゃおうかな、

友数   がんばりましょう、がんばって、治しましょう!

まりこ  え?

友数   え?

まりこ  何を?

友数   病気の、治療を?

一真   治療⁉︎

翔二郎  まりちゃん!

希    まりこさん!

友数   治療、でしょ?

まりこ  引っ越しの話かと思って、

友数   引っ越し?

まりこ  引っ越しするんです、私、

一真   え?

智華子  え?

れな   は?

譲    ん?

まりこ  あ。

れな   引っ越しって何、聞いてないよ。

まりこ  うん、言ってなかった。ね、ビューティフルさん。

井嶋   え?

友数   え、なに、妖精?

井嶋   人です。

まりこ  ビューティフルさんの街にね、行こうかなって。

一真   え?

まりこ  話聞いたり、写真見たりしてたら、いいところだなぁって。海のあるところ、住んでみたいなぁって思ってたから。

井嶋   海。

れな   なんで勝手に決めちゃうの、私、引っ越したくないよ。

まりこ  私、一人で引っ越すの、一人暮らしするの、

れな   え?別居⁉︎

まりこ  あんたもう大人でしょ。ひとり暮らしできるでしょ。

れな   いや、無理だし!

友数   まりこさん、その街にはいい病院があるんですか、

一真   病院?

友数   良い治療ができる、

まりこ  いや、だからね、

翔二郎  まりちゃん、やっぱり、

希    まりこさん、

麻衣   お義姉さん、

まりこ  だから、それは違うってば、

智華子  パパ、お義母さんが病気って誰から聞いたの、

友数   野村が、まりこさんが病気だって、すぐ来てくれって言うから、

翔二郎  野村?

井嶋   さっきの、お付きの人ですよね?あのひと、庭で盗み聞きしてましたもん。

一真   え!

智華子  下品!

ミツ子  翔ちゃんのせいじゃない?

翔二郎  俺?

友数   (ミツ子を見て)ミッちゃ…!

一真   あー…(深いため息)

ミツ子  あらー、横溝屋センセ、奇遇ですねぇ、

友数   ミッちゃ…ミッ、えっ

まりこ  あれ?知り合い?

友数   知り合いっていうか、

ミツ子  私、まりこさんとはもう長い友人なんです。

友数   それはそれは、あー、そう、失敬、お父上にご挨拶を、

まりこ  どうぞ、

友数   (一真に)どうして言わなかった。

一真   どの話です、先生、

 

友数、仏壇の前へ座り、手を合わせる。その横にミツ子がそっと座る。

 

れな   この家、どうするの。

まりこ  売ることにした。

一真   なんで、

まりこ  だって誰も住まないし。

れな   私、住むよ。

まりこ  一人じゃ広すぎるって、手かかるよ?

れな   パパと住んだ家だよ?思い出いっぱいあるのに、

まりこ  だからだよ、ここがあると離れたくなくなるから、

れな   じゃあ引っ越しなんてしなくていいって、

まりこ  もう、決めたの、引っ越すの。

れな   …ビューティフルさん!

井嶋   え、僕?

ミツ子  (小声で)どうして連絡くださらないんです。

友数   (小声で)ミッちゃん、今はダメ、ほんとダメ。

ミツ子  友数さん、

れな   ずるいよ!

井嶋   え?

れな   全部知ってるのビューティフルさんだけなんだよ?私たち何にも知らない!

譲    そうだ、そうだぞ!

れな   ママは病気なの?どうなの?

井嶋   ええと、(まりこを見る)

まりこ  違います。

れな   ホントに?

まりこ  ほんとです。

友数   ほんとに?

まりこ  野村さんの早合点でしょ、

友数   いや、生前葬って聞いたし、ちょっと早いけど、まりこさん終活始めたのかって、

まりこ  シュウカツ、

友数   終わりの活動。そろそろ頭によぎる頃じゃないですか。

れな   え、引っ越しもそういうこと?

まりこ  違うったら、

井嶋   じゃあなぜ、生前葬を、

まりこ  え、

井嶋   あ、いや、すみません、

 

一真、智華子、顔を見合わせる。

 

まりこ  みんなでごはん、食べたかったんですよ、ほんとに、

井嶋   みんなで、

まりこ  …思ってた順番と違っちゃったから、だから、ちょっとね、しんどいの、

れな   ママ、

まりこ  やだ、ビューティフルさんいると何でも喋っちゃう、

井嶋   いえ…

まりこ  本当のお別れはさ、バタバタしちゃって何にも言えないから。元気な今ならなんだって言えるじゃない?感謝も、文句もさ、

れな   ママ、

まりこ  だから、そういう会です。

れな   ママ、

まりこ  なんでも言いなよ、ママ聞くよ、

れな   …ママのごはんは、おいしくないよ。

まりこ  うん、そうか、そうか、

れな   あと、ママはすごく勝手。そういうこと、私と兄ちゃんには言うでしょ。

まりこ  そうだね、ごめん。

れな   あと、私はひとり暮らし無理。

まりこ  やってみなって、できるよ。ママもやるんだよ。

一真   ほんとに一人で暮らすの。

まりこ  小さい家でさ、自分だけのごはん作って暮らしてみるの、楽しそうじゃない?

一真   いいと思うよ。

まりこ  兄ちゃん、いいって言ってるよ、

れな   兄ちゃんはいいよ、智華ちゃんいるもん。

まりこ  横溝屋さん、

友数   はい、

まりこ  一真をよろしくお願いします。

友数   もちろん、

まりこ  こもたん、

小森   はい、

まりこ  れなをよろしくね。

一真   はあ?

れな   こもたん、

小森   はい。

れな   結婚してください。

一真   はあ?

希    ワァオ、

翔二郎  れなちゃん、やるねぇ、

小森   言うと思った…

譲    れなの彼氏?彼氏なの?

麻衣   譲くん、鈍すぎるでしょ。

れな   こもたん、一緒に住んで。

小森   れなたん、

一真   こもたん、いくつだっけ?

小森   こもたんは、さんじゅう、ご、さい、でして…

一真   さんじゅうご⁉︎妹は、にじゅうい、にじゅうう、にじゅうう、いちだぞ!

希    バグった。

友数   一真くん、人にはそういうことだってあるんだよ。

ミツ子  そうよねぇ。

れな   私がこもたんに付き合ってって言ったの!私がこもたんのこと好きなの!

一真   結婚はダメ!母ちゃんが許しても兄ちゃんが許さない。

智華子  一真くん、

れな   なんで!

一真   れなはひとり暮らししたくないだけだよ。

麻衣   とりあえずやってみたら?意外とできるかもよ?

れな   絶対いや!無理!

小森   れなたん、

れな   …

小森   僕は、あのう、お兄さんの言うように、歳の差のことを考えてしまって、正直、お付き合いを受け入れたことも後悔しているところがあります。

一真   当たり前だよ!

れな   こもたん…

小森   手を繋いだことさえありません。

翔二郎  ええ⁉︎どういうこと!

小森   身長差とか…

麻衣   なるほど…

小森   僕は、圧力鍋を売っていたような男です。けれど、あの、今の雰囲気に流されているわけでもないです。すぐ、とはいきませんが、結婚を前提にしてのお付き合いをさせていただいても、よろしいでしょうか。

れな   こもたん、

まりこ  私は、もちろん。

一真   母ちゃん、

小森   けど、れなたんは一人暮らししてみたらいいよ。

れな   どうして。

小森   自分の時間しかない生活をしてみたらいい。たぶん、お兄さんが言ってるのはそういうことだと思う。

れな   うん?

小森   僕はさ、れなたんが思ってるより大人だから。

れな   そっか、

友数   こもたん、ウチにこないか?

一真   先生?

友数   実直な青年じゃないか。どう?

小森   僕は政治家嫌いなんで。

友数   うん、いいね、正直者だね。

一真   れなに何かしたらタダじゃ済まないからね、

友数   一真くん、それ恐喝になるからダメね。

一真   すいません…

 

まりこ、すっくと立ち上がる。

 

まりこ  よし、

 

まりこ  ごはん、食べよ!

譲    仕方ないな、

一真   食べるか、

翔二郎  すごい楽しみなんだけど、

ミツ子  変わってないと思うよ?

翔二郎  それがいいのよ、あの虚無の味に会いたい。

希    もう味ないって言っていいんだよね?

まりこ  いい。

麻衣   お義姉さん、よくこんなに作ったね、

小森   これはすごい。

まりこ  おいしくなくてもいいでしょ?

譲    そうじゃない。

一真   そういうことじゃない。

まりこ  ええ?

 

皆、小皿に少しだけ取り分ける。

 

希    まりこさん、いただきまーす!

まりこ  どうぞー。

 

皆、いただきます、と口々に。

 

希    ん?

譲    あれ?

翔二郎  え、まりちゃん、うまいよ。

ミツ子  うん、味ある。

一真   いつもより、味ある。

友数   そう?

智華子  パパ、これはすごいの、すごいことなの。

友数   え、薄くない?

小森   薄いけど、いつもよりなんていうか、

希    味が、くっきりしているというか、

麻衣   はっきりしているというか、なんていうか、

まりこ  でっしょ。

れな   何かあった?

まりこ  何もないよ。

一真   いや、全然ちがうでしょ、

れな   うん、全然ちがう。

まりこ  そうなんだね。びっくりだ。

一真   え?

まりこ  いつもより味付けを増やしたというか、濃くしたというか、

一真   できんの⁉︎

希    もう、最初からやってよー。

まりこ  だって、味つけるのって怖くない?

智華子  そうですか?

小森   まぁ、これでいいのかなってなりますよ。

まりこ  なるよねぇ。

れな   自分だけがおいしいんじゃないかってこと?

小森   俺はおいしくてもれなたんはどうかなって。

れな   ふうん。

 

皆、小皿の分を食べ終わると、また次、と箸が止まらない。

 

麻衣   薄かったら濃くできるしね。

まりこ  でもさ、濃いのを薄くするのは大変じゃない。

麻衣   確かに。

翔二郎  あの虚無の卵焼きは自分で味つけろってことだったの。

まりこ  あの時はそこまで考えてなかったと思うけど、

翔二郎  俺さー、甘い卵焼き好きだから、

智華子  甘い卵焼きはあとから味つけ難しいですね。

翔二郎  だろ?

ミツ子  まりちゃんは、どんくらい甘くしていいかわかんないってことでしょ、

まりこ  味オンチなのかな、わたし。

譲    俺、ずっとそう思ってたけど、違うの?

まりこ  やっぱり?

ミツ子  まりちゃん、人の料理には厳しいよ。

一真    嘘でしょ。

れな   いや、私のにも厳しいから、味オンチじゃないと思う。

麻衣   味オンチぶってるってこと?

譲    ひでぇ。

井嶋   自分の作ったものに興味がないんですよ。

まりこ  ああ、そうかもな、

井嶋   僕もそうですもん。

希    どゆこと?

井嶋   食べられたらいいっていうか、

まりこ  人に食べてもらうってなるとそこが変わっちゃうんだよ。

れな   ママ、料理嫌いなの?

まりこ  嫌いじゃない。

れな   一人暮らしになるしね、

まりこ  そ、自分だけのためにごはん作るんだ。

麻衣   そう、自分のためだけのごはんを作ったらいいの、

友数   人のことばっかり考えてるとね、わかんなくなるときあるよね。

一真   先生はそういうお仕事ですから。

ミツ子  自分が好きなことだってちゃんとやってるでしょう。

友数   すいません。

希    えー、じゃあさ、まりこさん、マヨネーズかけていい?

一真   うわ!

れな   久しぶりに見る!

まりこ  久しぶり?

希    俺、小さいとき、こっそりマヨネーズかけてた。

一真   俺も、

れな   私も、

まりこ  えー!

麻衣   ちゃっかりしてるー

まりこ  いいよ、どんどんかけなよ。

希    やった。

 

希、仏壇に置いたマヨネーズを取る。

 

れな   準備してんじゃん!

希    おじさんに預かってもらってた。

翔二郎  マヨネーズいいなあ。

希    コレにマヨネーズかけるとちょうどいいですよ。

翔二郎  マジで。

希    まりこメシに合う酒、ありますけど、飲みます?

小森   何それ。

希    普通のご飯にはちょっと重たい感じの酒、まりこメシにはちょうどいい。

友数   いいねぇ、

れな   コレ?(一升瓶を差して)

希    それそれ、開けな、

智華子  まりこメシにちょうどいいのが他にもあるんですけど、

麻衣   なになに、

智華子  なんにでもかけれるソースを9種類、

譲    9種類⁉︎

麻衣   えーすごーい!

希    俺、それかけたい。

智華子  出します。

一真   出します。

 

智華子、一真、冷蔵庫へ行き、タッパーをいくつか持ってくる。井嶋は、箸を止め、皆を見ている。

 

れな   希がマヨネーズかけるのって、パパがかけてたからでしょ。

希    そうそう、おじさん、ちょっとだけマヨネーズかけんのね。

れな   よくやってた。

一真   (まりこに)父ちゃん、なんて言ってた?

まりこ  何にも言われたことないよ、

一真   へえ。

れな   マヨネーズかけてたくせに。

友数   好きだったんじゃないの?まりこさんの味が。

まりこ  だと思いますけどねぇ。

一真   いや、味ないから。

ミツ子  え、待って、ちょっと待って、

 

ミツ子、仏壇から、持参した瓶詰めを手に取る。

 

ミツ子  これ、好きだったよね?

一真   わ、懐かしい、

れな   パパ、よく食べてた、

ミツ子  ていうことは、まりちゃんのごはんに合うんじゃない?

一真   え!

麻衣   え!じゃあ、

 

麻衣、仏壇から持参したポン酢を手に取る。

 

麻衣   これ、好きだったよね?

希    おじさん、そのポン酢かけてた!

れな   かけてた!

譲    ていうことは、

麻衣   これも、合うはず。

一真   マジかよ、

れな   教えてくれれば良くない?

希    自分ばっかりずるいなー、

麻衣   あんたたちマヨネーズかけてたんでしょ、

れな   そうだけど、

智華子  ていうことは、

一真   醤油もだ、

 

智華子、仏壇に置いてあった醤油の瓶を手に取る。

 

まりこ  うわ、懐かしいね、これ、

一真   智華ちゃんが見つけてきた。

れな   これ、パパ使わせてくれなかったよね、

希    ずるいなー、

一真   なーんだ、そうか、

まりこ  ね、

れな   ね、

希    ビューティフルさん、どれかける?

井嶋   いえ、あの、大丈夫、

希    ん?

井嶋   このままで、おいしいです。すごくおいしいです。

小森   ほんとに?

井嶋   うん、おいしい…おいしい?

れな   うん、たのしい。

井嶋   あ…、うん、たのしい。

れな   たのしいは、おいしいじゃない?

麻衣   れなちゃん良いこと言う。

希    おいしい時は楽しいもんな、

れな   食いしん坊みたいなこと言って。

井嶋   まりこさんは、ずっとおいしかったんですね。

まりこ  え?

井嶋   味薄くても、味なくても、おいしかったんですね。

まりこ  ああ、そっか、

れな   どうゆうこと、

井嶋   たのしいはおいしいなんでしょ?

れな   あ、

友数   いい食事をしてきたんですね。

まりこ  ぜんぶ、家族のおかげです、

れな   なに、やだ。

一真   智華ちゃんのソースかける人〜。

希    はーい、

麻衣   はーい!

小森   え、僕ももらおう。

智華子  パパもどう。

友数   もらうもらう。

まりこ  私、何か間違ったかな。

一真   間違ってない。

まりこ  一人でごはん、するんだよ、これから。

麻衣   大丈夫。

まりこ  大丈夫かな、

麻衣   大丈夫、絶対、大丈夫。

友数   新しいおいしいが見つかりますよ。

まりこ  そんな適当なこと言って。

友数   だって、おいしいって、いろいろあるから、

小森   一人でおいしいときだって、ありますもんね。

友数   うん、ある。

ミツ子  ダメならまた誰かと食べたらいいのよ。

翔二郎  ずっとひとりで食べることもないし、

譲    またこうやって、食べような。

一真   喪服着てる人が言うなよ。

譲    喪服着てたって言うよ。

希    もっかいやろうよ、アレ、さっき揃わなかったからさ、

友数   アレ?

ミツ子  アレね、やろう、(友数に耳打ち)

譲    えー、やめてよ、

麻衣   泣かないでよ?

希    まりこさん、そこ立って、

まりこ  えー、

希    よし、元気にさ、声出してこ!こもたん、

小森   じゃあいきますよ? まりこちゃん、長い間、ありがとう、

 

皆、きれいに揃った、「ありがとう」

 

 

まりこ  こちらこそ、長い間、ありがとうございました。

 

静寂、と、一瞬の不安が交錯する。

 

まりこ  やだ、もう、これからもよろしくお願いします!

 

拍手。

 

友数   俺もやろうかな、生前葬。

一真   ええ?

ミツ子  友数さん、人望ないから誰も来てくれないわよ。

友数   ミッちゃん、またそんなこと言ってぇ、

智華子  ミッちゃん?友数さん?

一真   あ、

麻衣   えっ!

まりこ  え?

友数   あ、いや、一真くん、野村くんに電話してくれる?

一真   はいっ、(携帯を取り出す)

智華子  パパ?

希    まりこさん、大変、

まりこ  どうした、

希    元のごはんがちょっとおいしくなっちゃったから、マヨネーズ合わない。

まりこ  うそ!

希    俺の思ってたまりこメシじゃない、

まりこ  どうしよ、

れな   ちょっとにしたらいいんじゃないの?

譲    味濃い分にはいいだろ、

希    おいしいんだけどさ、

ミツ子  新たな門出だから、いいのよ、

麻衣   これがお義姉さんの新しい味か、

まりこ  新しい味、

麻衣   じゃない?

まりこ  そうかもしれない、

 

と、台所から、携帯電話の呼び出し音。

 

小森   誰か携帯鳴ってますー。

れな   ママじゃない?

まりこ  ほんとだ。

 

まりこ、台所へ行き、携帯電話を手に取る。

 

まりこ  もしもし、

 

小森   ビューティフルさん、どうするの、

井嶋   どうするって、

小森   圧力鍋、向いてないでしょ。

井嶋   一台も売れてないんです。

れな   やめなよ。

翔二郎  ビューティフルはさ、もっと真っ当に働いたほうがいい。

友数   なに、圧力鍋売ってるの、

ミツ子  訪問販売の悪徳業者なの、

友数   あー、最近、相談多いんだよな、

井嶋   え!

友数   ビューティフルさん、うちくる?

一真    え!

友数   訪問販売やるぐらいのアグレッシブさあるんだから、うちの事務所でもがんばれるよ。

井嶋   本当ですか。

友数   まりこさんの知り合いなんだろ?

れな   知り合いっていうか、親友でしょ。

井嶋   親友。

友数   じゃあ、問題ないよ。どう?

井嶋   あの、お給料とか、どういう感じなんでしょう、

友数   一真くん、説明できる?

一真   あ、はい、ええとですね、

 

まりこ、携帯を耳から離す。携帯電話を置き、井嶋を見る。

 

まりこ  あのー、

翔二郎  まりちゃん!ビューティフル、みんながともだちんとこで働くんだって、

井嶋   まだ決まってませんが、

一真   条件面で合えばということで、

友数   いや、大丈夫よ、まりこさんのお友達なんだから。

れな   ママ?

まりこ  今、ビューティフルさんから電話があって、

 

皆、まりこを見る。

 

まりこ  電車、間違えちゃって、遅くなったけど、これから行きますって。

   

皆、井嶋を見る。

 

まりこ  ビューティフルさん?

れな   え、誰。

井嶋   ご、ごちそうさまでした!

 

井嶋、大急ぎで立ち上がり、靴を履く。

 

翔二郎  逃すな!

小森   ビューティフルさん!

希    ビューティフルさん、待って!

 

追いかけようと立ち上がる男たち、と、庭の入り口から野村が現れる。

 

野村   先生、お迎えに上がりました。

友数   野村くん、ビューティフルさん捕まえて!

野村   ビュ⁉︎ビューティフルさんてこの人ですか!

友数   それ!

 

と、野村、井嶋が逃げるのを阻止。

 

智華子  パパ、その人、ビューティフルさんじゃない!

友数   じゃあ、誰!

ミツ子  やっぱり、庭の妖精だったんだわ。

麻衣   ビューティフルさん、カバン!

井嶋   もういりません!

譲    おい!待て!

一真   ビューティフルさん、ストップ!

井嶋   いやです!

翔二郎  おい、ビューティフル!

小森   ビューティフルさん!

まりこ  ビューティフルさーん!

 

「ビューティフルさん」を追いかけ、庭をぐるぐると回り続ける男たち。庭のベンチに括り付けられた風船が、彼らの風を受けて、ふわふわと揺れている。

 

晴天。

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